〜心のうねりを呼び覚ますために〜


果たしてどれだけの方が幼少の頃過ごした園舎を記憶していらっしゃるでしょうか?
私の場合、断片的な出来事や友人の名前や顔を覚えていても、
残念ながら園舎や園庭にまつわる記憶がほとんどありません。
もちろん私の頭の出来に要因はあるのでしょうが、卒園間近に引越をし、
その後園を訪れる機会が全くなかったというのも大きな理由かもしれません。
しかし、理由は本当にそれだけでしょうか?

幼少の思い出は懐かしくかけがえのないものです。
そして、それはある日突然予期せぬことがきっかけとなり記憶の連鎖となって蘇ります。
誰しもが経る幼き日々、幼児の繊細な心のささくれ(機微)に園舎の一部が
思い出として刻まれ、記憶の片隅に留まるとしたらどんなに素晴らしいことでしょう。

子供の目はどこまでも純粋に私たちをみつめ妥協というものを許しません。
彼らと対峙するには、対等かつ真摯な態度で立ち向かわねばなりません。
一たび気を抜こうものなら、小手先だけの繕いやウソはすぐに見破られます。
もちろんこれは建築においてもあてはまります。

とんがり屋根やお城を模した安っぽいディズニーランドにも満たないそんなデザインが氾濫する中、
記憶としての幼稚園を真剣に語る時、それは時として美しかったり心地いいものであったりするわけ
ではありません。そこには子供に恥じることのないフェアなエネルギーのぶつかり合いが存在し、
その中で生まれたもの(デザイン)こそが子供の記憶の深淵に迫るのではないでしょうか。
素材はもちろんのこと、デザイン、ディテールに妥協を許さない。
このことはさもすれば経営サイドのコストバランスを崩す大きな障害と
理解されている方も多いようですが、決してそんなことはありません。

建物の強度と安全を第一の目的にする以上、構造の選択と手法は限られるとしても、
素材の選択やデザインに際限はありません。
市場にあらゆる情報が氾濫する今だからこそ、ローコストで高品質な素材の選択も可能です。
また、遊具や設備についても既製のものが高ければ、造ってしまいましょう。
自由なデザインとカラーリング、世界に一つのオリジナル、
こちらのほうがよっぽど雰囲気があり、子供たちにも喜ばれます。
事実、私の手掛けた作品のほとんどがこのような方法で行なわれています。
少子化の時代、子供が成長する中、園での素晴らしい体験はもちろんのこと、
園舎や遊具が記憶のきっかけとなることが創り手の何よりもの願いです。
記憶の深淵に迫る心のうねりを呼び覚ませる、
そんな作品をこれからも手掛けていけたらと思っています。


2005-2007(C)Copyright ARTE MODA All Right Reserved.